puffpuff0001 年金生活者のブログ 雨のち晴れときどき竜巻

年金生活その他についての考察あれこれ

お金の話(9)



(昭和40年=1965年)新しい歳にいつの間にか変わって、啓蟄も過ぎた。
寒さも薄らいで温かくなると、身体が軽くなる。
考える事は同じ事(お金の事)ばかりで、さんざん悩んだし、苦しんだ、後悔もした、反省もした、もういい加減飽きてしまった。私の中では済んでしまった事になった。


初夏、私は戻った。次の借家(家賃 3000円)は、町の中心地にあった。
引っ越しは留守中に済んでいた。
暫くして中学時代の同級生が子供を連れて突然訪ねて来た。中学校で一年生の時同じクラスだった。
相変わらずハキハキ、はっきり話す様子は変わってなく暫くぶりで楽しんだ。 
昼時で、彼女は一緒に食べようとエースコック(?)のラーメンを3人分用意をして来て、私はチキンラーメンしか知らなかったので、美味しくご馳走になった。
私の知らないうちに、袋タイプの即席麺のメーカーが増えていて、35~40円位かな?。
値段は、はっきり覚えていないが他の食材に比べて即席麺は高い印象があって、便利さが魅力だったが、余り食べなかった様に思う。
(うどん、そばの外食50円~)


彼女が座った途端、開口一番『家賃、いくら?』だった。
私はこの借家に満足していた。まず家賃が、場所が気にいっていた。勤めていた頃、提供された家も
『げじげじ』やいろんな虫や小動物がいた。
『げじげじ』を初めて見た時は、形?に仰天した。家そのものは、日本家屋の典型で、かなり見た目や
実際も古過ぎる感は、否めない。母屋から人一人やっと通れる幅の廊下を行った端にトイレがある。
もちろん汲取。  
雨、雪の日は木の廊下だから急ぐと濡れていて滑る、冬の夜は辛い、灯りは月の光?
反対側に、台所を出て離れた所に風呂がある。 屋根と囲いがあって、盛ったセメントに五右衛門の
風呂釜が埋めてあった。
水道なし、高さは胸の位置、よじ登るようにしてはいる。雨の日は傘を差しながら沸かす。
部屋は今で言う1DK&物置、建具がないので、冬はとてもじゃない困った。
母屋を中心に左右にトイレと風呂を配置した日本家屋の構造は、防火衛生上理にかなっていると思う。

一軒家だから気楽でよかった。
彼女は、よほど驚いたらしく、と言うより子供連れに、あの台所でラーメンを作ったのは衛生上インパクトあり過ぎ? 話さずには居れなかったのだろう。私も彼女の実力を忘れていた。


新潟地震  M7,5日本で最初の液化現象発生
アニメ おばけのQ太郎   ジャングル大帝レオ
ガソリン1L51円  コーヒー 72円  理髪料 352円  白黒テレビ 大卒の初任給の5倍位
暮らしの手帖 220円  世界文化シリーズ 480円
地方公務員大卒初任給  25,900円