puffpuff0001 年金生活者のブログ 雨のち晴れときどき竜巻

年金生活その他についての考察あれこれ

自動車免許更新


先日、講習予備検査(認知機能検査)及び高齢者講習通知書が届く。
通知書を受け取った瞬間から、免許証を返上するか、更新するか迷っている時間がない事は明々白々
だった。時間が経つほど今の状況が悪くなるので、考える事を後にして講習の申し込みをする。
何時の頃からだろうか? 時間の経つのが、早いのなんの。
今日も、『し残した事が沢山あった』様な気がしながら眠りにつく事が多くなった。
4月に入って左の膝が急速に悪化。
左足で踏み込んだ時や左足で立った瞬間、頭のてっぺん迄激痛がはしる。
歩くのは痛まないので不自由をしてないが、これも余り楽観できそうにない。
その上探し物をよくしている(記憶力の低下?)。
明日は自分に何が起こるかわからない。
さらに深刻なのは私がペパードライバーであること等を考えると、、、、、。
 

 
人間とは、おかしなものだ、申し込みをしたら気持ちが決まった。
今日、講習会を受けて、最後になるだろう『高齢者講習終了証明書』をゲット。
大変だったなあ~、もう。終わりよければ、すべて良しとしよう。
 

 31歳の時、時間もお金もないのに急遽免許が必要になって、自動車学校に通った。
あの頃はミッションでハンドルが重たくてたいそう難儀をした。
しかも一回で合格をしないと私には二度とチャンスがないのに、プレシャーと、エンジンや機械の部品、分解、、、わからない事だらけ。
一時限目の講義は、毎回寝込んで講師の先生に『あなたは、まず実技の合格を、、、、』と言われてしまった。
それでも懲りもせず学科の時間は寝込んで、何が自分の身に起こったのかわからなかった。
切羽つまった必死の私はさぞ恐ろしい形相をしてたと思う。
だけど運良く一回で合格したが、その後の半年間ストレス性過敏性大腸症になって、また難儀をする事になった。 
 2~3年運転をしたが以後ペパードライバーだった。
数十年ぶりに65歳頃、また急遽運転の必要があったが怖くて自動車学校の先生に乗ってもらって、近辺の交通の難所を何回か指導してもらった。その後、必要がなくなったので、また乗らなくなった。


高齢者向きの免許更新の講習会の受講は2度目で、その都度難しくなる。 認知症検査は、ずばりそのまま名前のとおりの検査。記憶力、判断力、瞬発力を試される。


実技の試験はペパードライバーの私は、戦々恐々だった。
受験の同乗者は、体格が立派で風格もある男性と私より2~3歳若い女性だった。
最初の運転は男性だ。指導教官が『どうぞ、行って下さい』 男性『あんたが言ってくれるのじゃないのか?』 指導教官『どうぞ、出発して下さい』 男性無言、もぞもぞするばかり出発の様子なし。
指導教官『いつもされている運転でいいですよ、今日運転して来られた自分の車が良いでしょうが、規則なのでこの車を運転して下さい。』 男性相変わらず無言でもぞもぞ。
指導教官がいろいろ指示をだして、出発進行。思い切り2度バウンドして出発、横断歩道を突っ走る、ヒヤヒヤ、ドキドキ、車内は完全に自動車教習時代にタイムスリップ。
次の女性は雰囲気にのまれたのか、あがってしまったみたい。私は後部座席から方向指示器、クラッチ等の操作を確認するのに忙しく、もう3人とも初心者の様な生徒になっていた。  前の2人がいろいろあったので、私は妙に落ち着いてしまって可もなく不可もなく無事すんだ。



男女とも高齢になると実力は皆同じ、差がない。熟練者も? 私も?
指導教官の評価『ドライバーはハンドルを握っているからわからないでしょうが、乗っている人たちを車酔いさせない様に、また交通ルールは守りましょう。鏡は飾りではありません。鏡と自分の目で確かめて、、、、』
男性と女性はハンドルの操作が、トラックの運転手のやり方だと注意されて『私はしていません、』と2人とも頑として納得せず繰り返す。
指導教官が「○○さんも見ています。』と私にふってきた。ええっ?
私は人の事どころではなかった。最後に指導教官が『、、、、運転が乱暴です、言葉は良くないが雑です、、、、とにかく交通ルールを守って、、、』と総括された。 現実の自分を確認出来てよかったと思う。身分証明書もほしかったし。