テレビ小説『花子とアン』(5)
翌日(寄宿舎に入って3日目)洗濯をしなければ? 何か変?
洗濯場は確かに存在する。 そしてここに干すの? 本当に?
洗濯用品は全て個人持ち。 当たり前だが、こういう事態にならないとわからないのが私だった。
洗濯用品を買いに行かねばならない。一昨日、昨日もデパートに行ったばかりだ。 思わず天を仰いで大きなため息が出た。今、思い出しても、はあ~、、、、。
また、電車に乗って出かけた。
テレビ小説『花子とアン』を見ながら、自分の寄宿生活は忙しくて自由な時間がほとんど無かったと
思う。
勉強しない私が、勉強の時間が足りないと思っていたほどだから。
ドラマを見ながら、この期に及んで(しかも60年くらい経った今になって)、気がついた。
寄宿生のほとんどが週末は自宅に帰っていて、寄宿舎で洗濯をする必要がなかったのだ。
私が寄宿生活で一番困ったのが洗濯だった。 当時は洗濯機、脱水機はなかったから、一枚、一枚
洗濯板を使って、ゴシゴシ手で洗う。手で絞る。 雨天が続くとアウトだ。
今思えば、衣服、肌着、靴下など余裕を持って数多く用意すればすむ事だった。
狭い干場に困っていたが、探せばハンガーや、小物干しがあっただろうに。
当時、地方の私の家にはハンガーや、小物干しはなかったのかな?
特に夏のセーラー服は厚地の木綿で、扱いが大変だった。
私は3回の夏の間、毎日着替える制服を洗って、糊を付けアイロンをかけて着ていたことになる。
寄宿舎にはクリーニング屋が出入りしていて、夏の制服のクリーニングを頼んでいる寄宿生が結構
いた。
どうして私はクリーニングを頼む事に気がつかったのか、あんなに制服の扱いに困っていたのに。
考えると、当時我が家ではクリーニング屋に出す習慣がなかったのだろう。
今になって気がついても仕方がないが、クリーニングに出す事が、最も効率よく、合理的で時間の短縮にもなる方法だったと思う。
うう~ん、、、、何ともいやはや、、、。とにかく洗濯について困ってばかりいた。
何にも知らない、わからない事だらけなのに誰にも相談する事すら思いも及ばなかった。